北新地キャバクラの女と酒に魅せられて

北新地キャバクラと私の人生を、ウイスキー片手に語りたい。

北新地キャバクラと私の人生~第1章:戸惑いと憩いの時~


木片の上に置かれたペアリング私が北新地キャバクラに通い始めたのは38歳の頃であったが、日々に欠かせない憩いの場としての意味がそこにはあった。

何を大げさな、とお思いだろう。しかし、当時すでに結婚生活に疲れ切っていた私には、それは真実だった。

別れと北新地キャバクラの存在

私は、当時の傾向ではやや遅く、33歳の時に結婚した。私は学生時代からの友人に弁護士が多く、その連中の一人から紹介されたのが、新米弁護士であったかつての妻だ。

「かつて」という表現ですでにお察しのことと思うが、私は彼女とはすでに離婚している。子どもは娘が一人いるが、彼女が引き取った。

妻も私と同じ年で、聡明な所、そして仕事も家庭も大事にしたいという価値観にほれ込んで私からプロポーズしたのだった。だがその7年後、互いに新しい道を進むために別れを決めた。

北新地キャバクラにはまっていく私に耐えかねた妻が別れを切り出した、という構図である。私は理由が理由だけに、娘に会うこともはばかられるまま、今日も生きている。

離婚の原因は、周囲には「性格の不一致」と言っているが、これが本音である。離婚というのは結局のところ、性格の不一致によるものだ。

私は自由に使える範囲でしか金を使わなかった。それは北新地キャバクラ通いを始めてからも同じであった。また、「北新地キャバクラ」という上級の社交の場で、まさか店の女性に手を出すということはしていない。同伴すら、していない。

日々抱えていたストレスを解消するための憩いの場に通うことが、理解に苦しむと言うのであれば、それは「性格の不一致」と言わずして何だというのか。

第2章では、私の悩みとその癒しとなった北新地キャバクラについて、さらに記していく。