北新地キャバクラの女と酒に魅せられて

北新地キャバクラと私の人生を、ウイスキー片手に語りたい。

作者別: deidkaljfe8s


北新地キャバクラと私の人生~第3章:別れとその後~


海辺でこちらを見ている髪の長い女性家庭内では妻との間に距離が出来ていくのに、家庭外の北新地キャバクラでは、本当の私でいることができた。

小さい子どもがいたので、離婚ということは考えていなかった。ここ、北新地キャバクラに通うことさえできれば、結婚生活もうまくやっていけると思ったのだ。

しかし、妻はそうは考えなかった。キャバクラという存在をそもそも嫌悪した。私は妻と何度か話し合いの場を持った。だが、そこで得られたのは、彼女の価値観の本当の所が私には理解できていなかった、という気づきのみだった。

常に家庭と向き合うことを強いなければ結婚生活を継続できない妻と、これ以上はやっていけないと考えた。妻もまた、私の求める「気の抜ける場所」という概念を完全には理解できず、2年に及ぶ話し合いを経て、互いに40歳を節目に、離婚する運びとなったのだ。

北新地キャバクラは、私の人生の一部である。

北新地キャバクラ嬢の巧みな話術に溺れ、ウイスキーの入ったグラスを傾ける。離婚してもう8年になる。店内の女性も入れ替わりがあったが、皆、疲れたビジネスマンを癒すことにおいてトップレベルのスキルを持っている。

妻と別れて楽になったかというと、もちろんそうであるが、独り身であってもやはり、日々気づかないうちに、鬱屈した気持ちは各所で少しずつ溜まっていくものだ。

それを癒してくれるのが、北新地キャバクラなのだ。私の人生において、姿勢のよい綺麗な女性を見ながら酒を飲み、奏でられる音楽に耳を傾け、心を洗うこの場所が、重要な一部になっている。

そして、私は今日も、北新地キャバクラへと足早に向かう。そこには、私を癒すオレンジの暖かなライトと絨毯、そして美しく穏やかな女性とウイスキーが待っている。

北新地キャバクラと私の人生~第2章:本当の気持ち~


カップに入ったコーヒーと開いて置かれている懐中時計妻は完璧だった。仕事はもちろん、家事も手伝う余地がないほどきちんとこなした。その性質に憧れる反面、私はどこか窮屈な気持ちを抱くようになっていた。

仕事を終えても、職場近くのコーヒーショップで一杯のコーヒーを飲まなければ、家路につけなくなっていた。結婚して5年間、ずっと何か落ち着かないのだった。

そんなある時、数カ月前に上司に連れられて行った北新地キャバクラの存在を思い出した。あの時の女性らの対応を同時に思い出し、突然、行ってみようか、と思い立った。金なら年齢の割には持っていた。そして、気づけば私の足は北新地キャバクラのエリアに向かっていたのだった。

私の居場所は北新地キャバクラに

以前の店では私と上司の顔を覚えていると思ったので、見栄が働いたのか、一か八か、ひしめく北新地キャバクラの中で、初めての店を選んだ。

やはりレベルの高い北新地だけあり、ここは女性も店内も素晴らしかった。そして、私はここに通うようになったのだ。

店内ではいつもジャズが流れていて、心が穏やかになる。価格は安くはないが、1時間9000円というのは私にとって無理な価格ではなかった。何より、聞き上手の北新地キャバクラ嬢が私の悩みを言い当て、寄り添い、話を聞き出してくれるのだ。

私は、「ミスを許さない」家庭にもう疲れてしまっていたのだ。妻の完璧主義は、彼女自身だけでなく、私にも影響していた。家庭内の息苦しさは、逃れられないものだ。手を抜くこと、気を許すことを家庭に求めていた私は、家庭内でも「外」のように過ごさなければならないことが、耐えられなかった。

北新地キャバクラ嬢は丁寧に私の話を聞き、支えてくれた。そうして私は、平日はほぼ毎日、ここに通うようになった。

北新地キャバクラと私の人生~第1章:戸惑いと憩いの時~


木片の上に置かれたペアリング私が北新地キャバクラに通い始めたのは38歳の頃であったが、日々に欠かせない憩いの場としての意味がそこにはあった。

何を大げさな、とお思いだろう。しかし、当時すでに結婚生活に疲れ切っていた私には、それは真実だった。

別れと北新地キャバクラの存在

私は、当時の傾向ではやや遅く、33歳の時に結婚した。私は学生時代からの友人に弁護士が多く、その連中の一人から紹介されたのが、新米弁護士であったかつての妻だ。

「かつて」という表現ですでにお察しのことと思うが、私は彼女とはすでに離婚している。子どもは娘が一人いるが、彼女が引き取った。

妻も私と同じ年で、聡明な所、そして仕事も家庭も大事にしたいという価値観にほれ込んで私からプロポーズしたのだった。だがその7年後、互いに新しい道を進むために別れを決めた。

北新地キャバクラにはまっていく私に耐えかねた妻が別れを切り出した、という構図である。私は理由が理由だけに、娘に会うこともはばかられるまま、今日も生きている。

離婚の原因は、周囲には「性格の不一致」と言っているが、これが本音である。離婚というのは結局のところ、性格の不一致によるものだ。

私は自由に使える範囲でしか金を使わなかった。それは北新地キャバクラ通いを始めてからも同じであった。また、「北新地キャバクラ」という上級の社交の場で、まさか店の女性に手を出すということはしていない。同伴すら、していない。

日々抱えていたストレスを解消するための憩いの場に通うことが、理解に苦しむと言うのであれば、それは「性格の不一致」と言わずして何だというのか。

第2章では、私の悩みとその癒しとなった北新地キャバクラについて、さらに記していく。