北新地キャバクラの女と酒に魅せられて

北新地キャバクラと私の人生を、ウイスキー片手に語りたい。

北新地キャバクラと私の人生~序章:キャバクラとの出会い~

ライトの多い繁華街をぼかした風景今日は、人生で2回目のブログを書くために筆をとった(キーボードを叩いた、と言うべきだろうか)。かなり前に同僚からブログの書き方を聞いて、試しに書いてみたのが最初だった。その時にはなんておもしろいものだ、と年甲斐もなく夢中で書いた。

北新地キャバクラについて書く

私は50手前のオッサンだが、機械には疎くない。オッサンは機械が苦手なのではないかと勘違いされがちだが、常に働き続けている40~50代のビジネスマンは新しいもの好きでパソコンやソフトに詳しい人が多いものだ。ブログや「つぶやくこと」への抵抗もない。

話がそれてしまった。

上記記載のように、初回、楽しくブログを書いていたものの、継続するというのは性に合っていなかったようで、すぐにやめてしまった。今回は同じ轍を踏むことのないように、単発で記事を作成してみようと思う。

そもそも、日常をつらつらと綴った前回の内容では、どうせすぐに話のネタというのは尽きてしまっていただろう。今回は、継続こそしないが、自分のことを正直に書くものにしたい。それも、誰にも話していなかったことだ。

友人たちも家族を持って次々と疎遠になっていったのだ、この文章を発信したところで、すぐに私だと気づいて連絡してくる人も今更いないだろうが、念のため匿名にて失礼したい。

そこまで入念にするのは、テーマのせいでもある。今回私が書こうとしているのは、10年間私の憩いの場であり続けている北新地キャバクラと私の人生について、である。

北新地、と名前を出すことも体裁を考えるとはばかられるところだが、私の大事な思い出の地「北新地キャバクラ」を語るために、地名をあえて出しておきたいと思う。

北新地キャバクラの特徴と初めての入店時のこと

テーブルに置かれたグラス入りのウイスキー私のこれまでについて語る前に、北新地キャバクラとはどんな場であるのか、説明しておきたい。大阪周辺に在住のものならほとんどの人が知っていることだと思うが、高級クラブや料亭がひしめく、梅田周辺のいわゆる「キタ」エリアに位置するのが、北新地だ。

ここ北新地には、キャバクラの高級店も数多く並んでいる。私が通い始めた10年前、38歳の頃にはこのイメージが今以上に強いものだった。しかし、最近ではもう少し若者の来やすそうなキャバクラも増えているように見受けられる。

私が初めてキャバクラ遊びを覚えた所は、現在行きつけの北新地キャバクラ店とは違う店だった。初めて行ったそのキャバクラは、同様に北新地にあって、勤め先の天満からも近かった。まだ私も若く、取引先企業の重役への接待の一環で、勉強と称して上司に連れられて行ったのだった。

事前に噂では聞いていたが、美人が多く揃っており、対応もハイクラスなビジネスマンに慣れているという感じだった。その後、私は近畿圏内で様々な地域のキャバクラを訪問したが、それらのどのキャバクラよりも、北新地キャバクラのレベルは高いものであると確信をもって言える。

芸能人もちょくちょく顔を出すことがあると言うだけあって、居心地がよく高級感を味わわせてくれるのが、この北新地周辺のキャバクラである。東京で言うなら、銀座に当たる地域だと考えてもらうとよいだろう。

当時、もう脂ののった社会人になりつつあった私だが、自分よりも相当うら若い女性たちの会話のスキルに驚くばかりだった。そうして見事に、私はキャバクラ通いに夢中になってしまうのである。

梅田キャバクラの中でも特に北新地というエリアは、何か違うものを感じる。

さて、この章を序章として、第1章を「戸惑いと憩いの時」と銘打ち、順を追って私のこの10年間について記していきたい。

誰のために書かれたものでもない。しいて言うならば、自分のためだろう。失ったものと得たものを書き留めておきたいという衝動にかきたてられるまま、執筆を進めていきたいと思う。